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Interviewsアスリート・インタビュー

驚嘆、感銘、思考の深化…五輪連覇へ歩む独自路線 
「レスリングを好きであり続けるために」

レスリング女子東京五輪金メダリスト・志土地真優

2023年度最初のアスリート・インタビューでは、東京五輪レスリング女子53㌔級金メダリストの志土地(旧姓・向田)真優選手を取り上げます。連覇を目指す2024年パリ五輪に向け、6月には代表選考の山場である明治杯全日本選抜選手権を迎えます。

最大のライバルは、19歳の藤波朱理選手(日体大2年)。同階級のレジェンドである吉田沙保里さんに並ぶ公式戦119連勝をマークして話題となった新星です。志土地選手が代表争いを勝ち抜くにはまず明治杯で優勝し、さらに昨年末の天皇杯全日本選手権覇者である藤波選手にプレーオフで勝利する必要があります。

大会を前にした思いや意気込みはもちろん、金メダルを勝ち取った東京五輪の後から現在までの取り組みと、その意図を深掘りしました。

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試行錯誤、充実の道のり「今が一番、楽しい」

東京からパリへの航路は想像以上に険しい。それでも「今が一番、楽しい」。25歳の前回五輪金メダリストはかみしめるように深くうなずき、相好を崩した。

苦難を乗り越え、初出場で53㌔級の頂点を極めた東京五輪から1年9カ月。志土地真優が歩みを進めてきたのは、新たな技術や考え方との出会いに満ちた、充実の道のりだった。

複数回にわたる長期間の海外合宿、男子選手との日常的な練習、大学院入学―。どれも、東京五輪への道中では考えもしなかった新たな取り組みだ。

志土地のコーチを務める夫・翔大が言う。「普通のことをしていては、五輪連覇などできない」。

単なる奇手ではない。志土地が取り組みの根底に置いたテーマは「レスリングを好きであり続けるために」。試行錯誤し、時にはつまずきながら、心身両面で確かな手応えを実感している。

「同じ五輪でも、東京とは全く違う大会に向かっている感じ。あとは、いかにやってきたことを出し切るか」。

新星の台頭も、連覇への重圧も織り込み済み。自身と向き合い、大一番で最高のパフォーマンスを発揮するための準備は最終段階に入っている。

KI100570.jpg2022年末の天皇杯全日本選手権で対戦相手と組み合う志土地真優㊧=東京・駒沢体育館で

「吉田沙保里の階級」の重圧 引退も覚悟した東京五輪

志土地がパリ五輪に向けて練習を再開したのは、2021810日。自身初の五輪金メダルを首にかけた4日後だった。

東京五輪の開幕前は、そんな姿を想像することもできなかった。「五輪が終わったら引退しよう」という考えが頭から離れなかったから。想像を絶するプレッシャーが、志土地のメンタルを蝕んでいた。

夏季五輪としては57年ぶりの日本開催。なおかつ「吉田沙保里の階級」で優勝を逃すことは許されない。比較対象は、五輪3連覇を成し遂げたレスリング界の象徴。同じ三重県出身ということもあり、「後継者」と書き立てるメディアも目立った。

2019年秋、東京五輪の前哨戦となる世界選手権では銀メダルに終わった。準優勝という結果で五輪代表選手に内定したものの、決勝では北朝鮮の選手に逆転負けを喫した。

「自分のことを書いている記事を確認することができなかった。気持ちを整理して実際に記事を見るまでに5日くらいかかった」。

世間の反応に、「勝って当たり前という風潮」に、恐怖している自分がいた。大好きだったはずの練習が嫌になり、マットに上がることを躊躇する日もあった。 

大きな支えになったのは、後に夫となる10歳年上でコーチの翔大だった。志土地が「『自分のため』(という気持ち)だけでは多分ダメになっていた。『誰かのために』と思えなければとても勝ち取れなかった」と振り返るのが、東京五輪の金メダルだった。

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夫の翔大㊧とトレーニングについて話す志土地=東京都内で

原点は小4のカナダ 10数年ぶりの海外合宿で得た気付き

初戴冠の後、早々に3年後のパリ五輪に照準を定めることができたのは、実際に五輪の舞台に立ち、「本当に応援してくれる人がこんなにたくさんいるんだ」と実感できたからという。

ただ、本番までのアプローチを変える必要があることは痛感していた。

モチベーションを維持し続けるためには何が必要か。深く考えるまでもなく「レスリングをずっと好きでいること」が同義だと気づいた。幼稚園児の時に競技に出会って以来、愛してやまなかったレスリングを嫌いになりかけた経験があればこその気づきだった。

まず頭に浮かんだのが、海外の選手の練習や環境を体感することだった。原体験は小学4年生の時。「1112日だった」と今でも即答できるほど印象に残るカナダ合宿。年上の男子選手8人とともに初めて親元を離れ、海を渡った。地元選手との交流や、ロッキー山脈の雄大な自然に感動した記憶が鮮明に残る。

五輪閉幕から間もない2021年秋。翔大の持つ米国ナショナルチームへのつながりをたどり、2016年リオデジャネイロ五輪女子53㌔級金メダリスト、ヘレン・マルーリス(米国)が主宰する合宿への参加が決まった。合宿地はギリシャ・レスボス島。最大4人の少人数で、期間は1カ月。志土地にとってはあのカナダ合宿以来、10数年ぶりの海外合宿。胸が高鳴った。

ヘレンは柔和でよく笑い、心の底からレスリングを愛する選手だった。綱登りといった日本式の練習にも興味を示し、明らかに苦手とわかっても手を抜くことなく全力で取り組んでいた。

志土地は不得手な英語で積極的に交流を図り、文字通りヘレンと寝食を共にした。ヘレンが難民キャンプの支援をしていることも知り、「レスリング選手だけど、レスリングだけではない」と感銘を受けた。

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1カ月間寝食をともにしたヘレン・マルーリス㊧と記念撮影をする志土地=ギリシャ・レスボス島で

柔軟な発想に驚嘆「こんなやり方があるんだ」 海外選手を参考に肉体改造も

競技の面でも、リオデジャネイロ五輪で吉田沙保里の五輪4連覇を阻んだ技術を体感した。その根底には、細かくシチュエーションを設定した「場面練習」があることを知った。日本ではあまりなじみのない練習方法だった。

「例えば、タックルに入った状況から『用意、スタート』とか。完全に不利な状態からいかに抜け出すか、逆にいかに逃さないかとか。『何で切れない(逃れられない)んだろう』と(必要な動きを)突き詰めて考えるようになった」。

この1カ月を皮切りに、米国を中心に数多くの海外合宿を敢行した。1年半ほどの間で、累計の海外滞在期間は約3カ月に上る。開拓した伝手がさらなる伝手につながり、滞在費がかからない形で招待を受けることもあった。

さまざまな階級の海外選手と手合わせをしていると、柔軟な発想力に驚かされることも多い。日本であれば一度かけて終わりの大技をつなげ、組み合わせて連続技にする選手も。度肝を抜かれた。

「こんなやり方があるんだ」。

身をもって常識を覆される度、食らいついた。「自分は不器用。一回じゃ真似できない」と繰り返す志土地にとって、海外選手の動きを研究する時間はとにかく楽しかった。

高い身体能力を前提としている動作であることを理解し、フィジカル面の強化にも積極的に取り組んだ。東京五輪後に体に合わせて仕立てたスーツは1年で背中がはちきれた。200㌔ほどだったレッグプレスの重量は300㌔超までこなせるようになっていた。

IMG_6073.jpg器具を使った筋力トレーニングに励む志土地=東京都内で

男子との練習、大学院進学…新たな挑戦が礎に

並行して月4、5日は国内の男子選手に手合わせを願い、男子と同じ内容の練習にも取り組んできた。東京五輪の前は怪我を恐れて避けていたトレーニングだった。

体格差を考慮すると、男子の中学生トップクラスと女子の五輪選手が同程度の実力とされる。男子大学生らが相手では、並みの組み合い方では簡単に転がされることがほとんど。膝をつかんでも引き倒すことができない相手には、つかむ位置を腿まで上げる必要があると気づいた。

「そういった気づきは、絶対に女子選手と試合した時にも生きてくる」。

最大で30㌔以上の体重差がある相手に向かっていく日々。回数を重ねるうちに、いかに効率よく相手のバランスを崩すかが大きなテーマになっていった。

多忙を極める中、20224月からは、福岡県の九州共立大大学院に籍を置く。スポーツ心理学を専攻し、研究テーマは「日本トップレベルの女子レスリング選手における心理的コンディション」。5人の選手へのインタビューを済ませる中で、自身の競技活動に生かせる要素も見つかった。

世界トップの当事者が、レスリングを研究者の視点で見る―。現役のうちに取り組むからこそ意味があると信じて、大会や合宿の隙間期間に授業と研究活動を詰め込んできた。現地では男子レスリング部との練習にも励むなど、一石二鳥の「福岡遠征」も必要な単位を取得してひと段落。心身ともに充実した期間を過ごしてきたと自負している。

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九州共立大大学院の入学式に臨む志土地㊥=福岡県北九州市で

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