新たな道への決意

松雪が闘う68㎏級は、他の階級のパリオリンピック日本代表選手が決まっている中で唯一2023年12月の全日本選手権まで代表が決まらないほど実力の拮抗したハイレベルな選手があふれる階級であった。オリンピックの予選となる重要な大会は６月と12月に開催され、多くのレスリング選手がそこでの結果を踏まえて、次回4年後のオリンピックを目指して現役続投するか、引退するのかを考える。松雪はパリオリンピック出場を逃し、現役選手引退を決意した。

しかし、松雪は自身のレスリング人生の終止符をここで打つわけではない。

宮崎県・都城東高等学校で保健体育の教員を務めると同時に、2024年4月に創部されるレスリング部の指導者としてのキャリアをスタートさせる。

きっかけは、2023年6月のこと。試合会場で会った、南九州大学のレスリング部コーチから「引退後はどうするの？宮崎県で高校の先生やってみない？」と声を掛けられた。自身でも、20年以上に亘るレスリングの経験を活かして指導者になりたいとは考えていたものの、実は、松雪は大学時代に教育実習を経験しており、その時の大変だった思い出から「教員は絶対にやりたくない」という気持ちもあった。

そこで頼ったのが至学館時代の仲間だった。松雪より一足先に現役を引退して教員になっていた至学館高校時代の同期に相談したところ、「教員は楽しいよ！」と。その声に背中を押され、教員への道に踏み切ることができた。

この春、都城東高等学校に新設されるレスリング部には全国中学生選手権大会のチャンピオンをはじめ、既に5，6人の実力ある生徒の入部が決まっている。また、都城東高等学校からほど近い南九州大学のレスリング部には女性選手が多数在籍しており、これから練習を共にする予定である。松雪が宮崎県で教員にならないかと勧誘されたのも、南九州大学レスリング部が女性指導者を探していることが背景にあった。

遠く宮崎の地で新たなスタートを切ることについて、驚くことに、家族に報告したのは宮崎県に行くことが決定してからであった。父の実家が佐賀県で同じ九州とはいえ宮崎県には知り合いが全くいないことを両親は心配する中、兄と姉は「まぁ頑張ればいいんじゃない？」、「俺(兄・泰成)も引退するし」くらいの反応で、自身でも「まあ行っちゃえば大丈夫かな」と楽観的。

これから宮崎県内で指導者としての道を歩む上で、松雪は既に明確な目標や挑戦したいことを掲げている。次に目指すべきことがあるからこそ、不安よりも期待の方が大きく、楽観的でいられるのだろう。

宮崎県でレスリングを頑張るメリットを感じられる環境づくりをし、全日本で活躍してくれるような生徒を育て上げたい

宮崎県は2027年に第81回国民スポーツ大会、いわゆる国体の開催が予定されており、都城市ではレスリング支援を強化している真っ只中だそうだ。キッズレスリングから大学まで一貫して選手を育成できる制度や環境を整えるために、都城東高等学校と南九州大学が連携を強めている。そういった環境で新たな道を歩むことができるのは松雪にとっても大きなチャンスである。

松雪は「都城東高等学校に新設されるレスリング部には恐らく地元から進学する生徒よりも、遠方から入寮してくる生徒が多いと思われる。そのため、試合会場に遠征のしやすい地域ではなく、宮崎県で頑張ることを選択するメリットを生徒に感じてもらえるような環境づくりが必要」だと考えている。技術力やモチベーションの高い選手に都城東高等学校レスリング部を選び続けてもらうには、「結果で示すことが一番」と選手の育成とスカウトに意気込む。

レスリングは、技に入るまでの動きの組み合わせに正解はないスポーツだ。同じ技でも動作を分解していくと、一人ひとり異なっている。例えば、松雪には、左利きであるためにタックルに入る足が右利きの選手と逆になることや、同階級の選手と比較して身長が高いため、長い手足を活かしたレスリングという特長がある。

松雪はそういった一人ひとりの持ち味を活かせる指導をすることで、「全日本選手権大会で活躍してくれる生徒が出てほしい」という大きな目標を掲げている。

これまで応援してくださった皆さまへ

20年間の競技生活の中で自分が期待していたような結果を残せなかった部分もありましたが、支えてくださった多くの方のおかげで、レスリングをここまで続けることができました。
ありがとうございました。

教員として新しい道を進むにあたって、競技生活で培った経験を活かして、レスリングをたくさんの人にしってもらえるように頑張っていきたいです。
そして、私が育てた選手がいつかジェイテクトに入社して活躍してくれることで、ジェイテクトとのご縁がつづきますように、とも思っています。

これからも応援よろしくお願いします！

(筆者)競技を続ける双子の姉・泰葉さんに何かメッセージはありますか？

「泰葉、頑張ってください」

―それだけですか？普段伝えているので、この場ではもう十分ですか？

「いえ、特に何もないです。そういう会話は全くしないです(笑)」