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古賀、新たなチーム、新たなホームタウンでの活動

 古賀がStingersに入部して半年が経った。現在の古賀のプロフィールには、「尊敬する選手:西本 拳太」という記載がある。ジェイテクトStingersのシングルスの要として団体・個人共に勝利を重ねてきて、2024年には男子シングルスでパリオリンピックに出場した西本は、古賀と同じ高校出身で、1学年下の後輩に当たる。昨年までは、尊敬する海外の選手の名前を書いていたそうだが、再度同じチームになって改めて、後輩西本の「まじめさと、最後まであきらめないプレイ」に感銘を受けているという。また、古賀はチームで最年長の選手となる。ダブルスも、大学入学以降は年下か、同学年の選手と組んでいた。そんな古賀が「後輩」として、松友とダブルス練習をする姿は、他のチームメンバーの目には新鮮に映るという。

Stingers.jpg(左)古賀入部後に撮影されたStingersの集合写真
(右)刈谷キラキラ教室で子どもたちにバドミントンを教える古賀

 ジェイテクトStingersは試合での雌雄を決することだけでなく、地域貢献、競技振興の取り組みにも力を入れている。古賀も、10月にホームタウン刈谷市の中学校で行われた「刈谷キラキラ教室」に参加した。子どもにスポーツの技術や楽しさだけでなく、夢をもって努力することの大切さを伝えることも目的としたこの活動。古賀は「バドミントンを純粋に楽しむ姿を見るのが楽しい。始めたばかりの子がシャトルに当たった、ラリーが続いたと喜ぶ姿を見ていると嬉しい気持ちになる」と話す。将来のことはまだはっきりしていないと話す古賀だが、長くバドミントンに関わっていきたいという想いを持っているようだ。

 チームのホームタウンである刈谷市についてコメントを求めると、「刈谷市は様々なチームがありスポーツの盛んな街だと感じる。とても住みやすい。今年のジェイテクトStingersS/Jリーグ初戦は愛知県で開催されるので、刈谷市の皆さんも見に来てくださったら嬉しい」と自身の新天地への愛着と応援を求めるメッセージを発した。

松友とジェイテクトのつながり、ふるさとへの想いと「モノづくり」へのこだわり

今回、この二人のダブルス実現は、松友とジェイテクトのある縁からはじまった。所属がフリーになって以降、学生へバドミントン講習を行う機会も増えた松友は、今年5月、ふるさとの徳島県藍住町でも、小中高の選手を対象とした指導を行った。松友は次世代への指導について、「一緒に過ごす中で、少しでも嬉しそうな顔が見ることができた瞬間は私自身も嬉しい。指導を通して、学生の皆さんがプレイの中でどんなことを考えているかたくさん知ることができ、自分自身も貴重な体験をさせてもらっている。また、生まれ育った町に何かできればという想いは常に持っている」と話す。

そして、松友の出身地である徳島県藍住町には、偶然にも、ジェイテクトのベアリングの製造拠点である徳島工場がある。ジェイテクトでは、各工場が主体となって、環境保全、交通安全、スポーツ振興など様々な社会貢献活動を行っている。生まれ育ったふるさとへの恩返しの想いをもつ松友と、スポーツを通した社会貢献に取り組むジェイテクト。双方が縁を感じ、バドミントンを通した地域貢献ができないかという思いを持ち始めていた。そのような中、ジェイテクトStingers運営から、古賀の「混合ダブルスで、世界のトップレベルとの試合に臨み、今の自分の実力を確かめたい」という想いを聞き、お互いの成長機会になると感じたことで、ダブルス結成が決まったのである。

徳島工場.jpg(左)徳島県藍住町にあるジェイテクト徳島工場
(右)徳島工場からの徳島名産品の差し入れに喜ぶ松友

 長く世界の強豪と戦ってきた松友は、使用するラケットとシューズに強いこだわりを持ち、プロフィールでも自分の注目してほしい部分として挙げている。2016年にウィルソンと生涯契約を結んだことでも知られる松友は、自信の最高のパフォーマンスを引き出す製品をウィルソンと一緒につくり続けてきた。

「同じ工場で、同じ規格で作ったラケットを持たせていただいても、自分からしたら重さが全然違う。実際の差は0.01gとかだと思いますが。ラケットは、日によって気に入るものも変わるので、試合会場にたくさん持って行って、その中で選んで大会に臨むこともある。自分は本当に繊細で、だからこそウィルソンさんと一緒に考えながらつくるのが好きで、楽しいです」と競技者としての技能とメーカーの技術をつなぐことによって、より高みを目指そうとする松友の目は、一層輝きを放った。

職人気質の松友と、機械のパフォーマンスを向上させる超高精度なベアリングをつくるジェイテクト。バドミントンを通して、共に徳島県に貢献していくパートナーとして、良いコンビネーションをつくっていけるのではないか。

JTEKTポーズ.jpg(左) ウィルソンと共につくるラケットでプレイする松友
(右)松友も一緒にJTEKTの「J」ポーズ

二人のこれからと、若い競技者へのメッセージ

 バドミントンの選手寿命は短いと言われるが、これからの競技人生について尋ねると、古賀は「身体が満身創痍になるまで」と、松友も「動けるうちは」と、現役への強いこだわりをそれぞれの言葉で示した。また、今後について、古賀は「子どもの頃の将来の夢がオリンピック選手なので、2028年のロサンゼルスオリンピックも、狙えるうちは狙っていきたい」と、松友は「混合ダブルスはもちろん、女子ダブルスについても、チャンスがあるならやる。できる準備はいつでもしています」と話した。

国内トップクラスの成績を10年以上も残し続けた秘訣を聞いたところ、古賀からは「バドミントンを楽しむこと!好きだから考えたり頑張ったりできる!特別な身体のケアはしていないけど温泉が好きですね」と、松友からは「11日毎日できることを積み重ねていくこと」と今回のインタビューでより鮮明になった個性が伝わってくる回答が返ってきた。

最後に、これから世界を目指すバドミントン競技者たちへのメッセージを求めると、
古賀は「大会は何回もあるわけではないので、一つ一つの機会を大事にしていってください」と、
松友は「11日を大切に過ごしていってください」と答え、お互いに日々の積み重ねの大切さを語った。

 日本のバドミントンを長年牽引してきた二人は、今もなお、成長に向けた歩みを止めない。これからも世界を目指す若い競技者たちの憧れ、そして、試合で立ちはだかる壁であり続けることで、日本のバドミントンをさらなる成長へと導いていくだろう。

 

☆IMG_2010.JPG

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