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シニア専門人材が切り開いた新境地
~自転車用高性能軸受 ONI BEARING®~

藤原英樹(アフターマーケット事業本部 フェロー)

Interview

ジェイテクトが手掛ける自転車用高性能軸受「ONI BEARING®」(鬼ベアリング)が、じわり、じわりとロードバイク業界において存在感を高めています。2022年夏に一般販売を開始すると、主に競技志向の自転車ユーザーから高評価を獲得。今夏にはラインアップの大幅な拡充を果たしました。

産業機器向けの軸受や工作機械、自動車部品といったB to B事業を収益の柱とするジェイテクトで、異彩を放つ「B to C」の高機能商品。その開発の中心を担ったのは、定年退職後に再雇用社員へと立場を変えた一人の技術者でした。背景を取材すると、年齢や立場にとらわれずに新しい環境で活躍するためのヒントが垣間見えました。
(インタビュー日:2023年10月2日)

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ONI BEARING®(鬼ベアリング)

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ロードバイクへの使用を想定したジェイテクト初の市販向け自転車用ベアリング。20214月に発足したアフターマーケット事業本部が企画・開発を担い、翌228月に発売しました。最大の特長は、圧倒的な漕ぎだしの軽さを実現する低トルク性能です。

国内最高峰の舞台で戦うロードレースチーム「マトリックスパワータグ」の全選手が導入を決めるなど、トップ選手からアマチュアユーザーまで多くのサイクリストの支持を得ています。

当初の対応ホイールはMAVIC社製のみでしたが、今夏に複数の主要メーカーに対応する新ラインアップを発表。新設の同事業本部を代表する商品に成長しました。

※名称の由来や対応ホイール一覧など、より詳細な情報はプレスリリースから。

新天地での好スタート...背景には明確な仕事論

外径で30mm程度。重さにして15gに満たない小さなベアリングには、約40年にわたって培ってきた経験のすべてが生かされている。

「定年退職前に思い描いた仕事ができている。幸せですねぇ」。 

柔らかな関西弁の語尾に、充実感が漂った。 

新卒で配属された地方営業拠点で9年、軸受分野の新商品開発に関わるポジションなどで30年近くを過ごした後、再雇用の「シニア社員」に転身して2年。藤原英樹(61歳、アフターマーケット事業本部フェロー)は、自身が企画から開発、販路の開拓まで担った「鬼ベアリング」の広がりに目を細める。

この2年間、藤原が徹底してきたことは至極シンプルだ。「自ら率先して足を動かし」、「人の話をよく聞いて」、「需要に応える仕事をする」。

新境地での活躍は、現役時代から変わらない仕事への姿勢をぶれずに貫いてきたからこそ。物おじしないコミュニケーション能力と軽快なフットワークが、技術的なスキルに基づくパフォーマンスを最大化している。

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これまでの経歴を振り返る藤原英樹=大阪市中央区で

「飛び込み市場調査」が突破口に

ラボにこもるより先に、街へ繰り出して自分のアイデアの需要を測ろう―。そんな藤原の姿勢が、鬼ベアリング誕生のきっかけとなった。

2021年秋。新たな部署で取り組んでいたのは、ジェイテクトの持つ技術を生かしたB to C製品の企画づくり。「面白い仕事をしよう」というアフターマーケット事業本部の方針に思案を巡らせた藤原が足を運んだ先は、大阪市中心部の勤務先に程近いロードバイク専門店だった。

「『高性能なロードバイク用ベアリングを作ろうと思うんですが、どうでしょう』と、飛び込みで店長に話を聞きに行った。自転車は好きだけど部品市場のことは何も知らなかったし、自分のアイデアが世間に求められるものなのかを確かめたかった。試作品すら手元にない段階だったから、初対面の店長はさぞかし困惑したと思う」。

藤原は当時、59歳。定年退職を目前に再雇用を見越した辞令を受け、室長職を務めた販売技術部から新天地に異動して間もない時期。「店長をはじめ、最初は大いに不審がられた」というロードバイク専門店への訪問は、数を重ねるうちに信頼の獲得につながった。

店長から「じゃあ、店頭ポップアップイベントの枠を来春に空けるから、4月に間に合うように展示品を作ってほしい」と打診を受けたのは、4度目の訪問を終えた2021年の12月。藤原はその前月に60歳の誕生日を迎え、11月末を境に再雇用へ契約が切り替わったばかり。シニア社員としてのキャリアの船出とともに、本格的な開発プロジェクトがスタートした。

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鬼の頭をイメージした鬼ベアリングのロゴ

アイデアのきっかけはトラック競技用軸受の技術

前例にない取り組みではあったが、アイデアの実現性には自信があった。藤原の古巣でもあるジェイテクト産業機器技術部(産技部)は近年、自転車部品を手掛けるアラヤ工業(大阪市)の依頼で、ステンレス材を用いたトラック競技用のセラミックボールベアリングを開発。プロ仕様のモデルとしてトップ選手の国際大会優勝に貢献するなど成功を収めており、同様の素材と基盤技術をロードバイク用の製作に生かせると考えたからだ。

自社内で技術が確立されているトラック競技用ではなく、あえてロードバイク用ベアリングの開発に目を付けたのは、ロードバイクユーザーでもある自身の肌感で「一般ユーザーを含めた市場規模がより大きいと思ったから」。専門店に足しげく通って話を聞く中で、市場の期待感や他社製品を学び、十分な手応えも得た。

デンマーク製の他社製品をベンチマークに定め、「既存品にはない尖った個性=圧倒的な低トルク性能」を求めた試行錯誤が始まった。部下のいない比較的自由に動ける立場を最大限活用し、大阪郊外にある研究施設の一室を間借りして一人で試作品づくりに没頭した。

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自身の愛車とともに笑顔を見せる藤原

特殊構造の発案に活路

起伏のある道路を長時間にわたって走行するロードバイクに求められるベアリングは、室内の短距離を高速で駆け抜けるトラック競技用自転車とは当然異なる。レースの合間のパーツ交換が前提にあるトラック競技用とは違い、少なくともメンテンナンスフリーで成立する構造でなければならない。

必要十分な耐久性を維持しながら低トルクを実現するため、摩擦抵抗を増やす要因にもなる回転部分の潤滑油の量と周辺構造を全面的に見直した。セラミック球とステンレスの内外輪という摩擦を発生させにくい素材の組み合わせを最大限生かすべく、微量の潤滑油でも焼き付きなどが起きにくい特殊構造を発案。活路を開いた。

社内の材料研究部や産技部とのコネクションを活かして改良を続け、失敗も繰り返しながら、4カ月で作製した試作品の数は20を超えた。プロトタイプが仕上がったのは20223月末。約束の期限の数日前だった。

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 鬼ベアリングを手に開発のプロセスを振り返る藤原

好調なポップアップイベント、広がる噂

こうして急ピッチで実現にこぎつけたロードバイク専門店でのポップアップイベントが、プロジェクトの進展に拍車をかける。

藤原は展示に合わせ、ベアリングを取り付けたホイールの回転速度を可視化するデモ機を自作。これが「違いや性能が一目でわかる」と好評を博し、4月初旬から2週間の予定だったポップアップ期間は5月の大型連休まで延長を繰り返した。この噂を聞きつけたのが、ロードレースチーム「マトリックスパワータグ」のプロライダー、安原大貴選手だった。

大阪府内に拠点を置く安原選手は親交のあったジェイテクト社員を介し、藤原に試用を目的とした鬼ベアリングの貸し出しを依頼。5月の連休明けには藤原と顔を合わせ、自身の所有車両への取り付けを完了させた。

鬼ベアリングを実装した車両の試走は、ジェイテクト社員を除けば初めてだった。取り付けから一週間後、不安と期待の双方を膨らませる藤原宛に、安原選手から使用感を伝えるメールが届いた。

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現在も各地の展示会で活躍するデモ機。鬼ベアリングを含む各社のベアリングが取り付けられたホイールを手で回すと回転速度がモニターに表示される。青いグラフが鬼ベアリング装着ホイールで、明らかに長く回転速度を保っていることがわかる

トップ選手からの高評価が追い風に

「『レースの時に明らかなアドバンテージになる。ほかの選手に売ってほしくないくらい』という趣旨の文面に、震えました。他の製品と明確な差があることは数字上間違いなかったけど、その差が実際の自転車の走行にどれだけ良い効果をもたらすか、当時は未知数な部分があった。それがはっきりとした意味は非常に大きかった」。

安原選手はその直後にあたる2022年5月下旬、鬼ベアリングを搭載した車両で国内屈指のロードレース大会「ツアーオブジャパン」に出場し、第1ステージの個⼈総合⼭岳賞3位に食い込む。安原選手の紹介で6月にはマトリックス全選手への鬼ベアリングの提供が決まり、8月の市販開始に大きな弾みをつけた。

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鬼ベアリングの躍進のきっかけとなったマトリックスパワータグの選手ら(写真提供:マトリックスパワータグ)

会社の新制度も後押し...「脚が動く限り続けたい」

企画の発案から開発、市場へのリリースまで怒涛のスピード感で進展した鬼ベアリング。藤原の上司にあたる松添紀宏(51歳、アフターマーケット事業本部 部長)は「藤原さんは部内で一番に動ける人。勤務時間の半分くらいはオフィスを離れて外に出ていて、脚で情報を稼いでくる。それを見た若手も動いて、という好循環をつくってくれている」とその行動力を高く評価した。

ジェイテクトが再雇用社員向けに2020年に導入した「職務等級制度」では、毎年会社側と仕事内容や役職を取り決め、年間行動計画の内容や達成度に応じて翌年の年俸を調整する。従来では再雇用時の給与が現役時から半減してしまう事例もあったが、この新制度により、藤原の給与は定年退職前の水準を維持している。

「働く上で大きな刺激になるのは間違いない。やったことに対して結果がはっきりと出る。この制度があるから、よりスピード感を意識して仕事を進められている」と藤原。会社の新たな取り組みも、シニア社員のフットワークを軽くしている。

現在も藤原は、全国各地で開催される年間20以上の自転車関連イベントに若手部員とともに繰り出し、ブース出展などを通して鬼ベアリングのPRにいそしむ。「次はスーパー鬼、いやウルトラ鬼ですかね」とうそぶきながら、新製品の開発構想も進展中だ。

「常に意識しているのは、自分本位な製品開発にならないようにすること。市場の需要と発信するものがマッチする仕事を、脚が動く限り、続けていきたい」。

快調に回り始めたホイールは、まだまだスピードを落とす気配はない。

(文中、敬称略)

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藤原の部署内での様子について話す松添紀宏・アフターマーケット事業本部 部長㊨

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