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ソフトウェア人材が目論む「人と自動化システムの調和」
~次世代自動車ステアリング制御システム Pairdriver®~

ロバート・フックス(システム創生研究部 部長)
田村勉(同部モビリティ制御研究室 室長)
仲出知弘(同部同研究室第1G 主任プロフェッショナル)

Interview

ベアリングや自動車のステアリングといったハードウェア製造のイメージが強いジェイテクトですが、実は、多様なソフトウェア人材も活躍しています。モビリティを制御するソフトウェア開発領域においても、画期的な製品を生み出していることをご存知でしょうか。

今回紹介するのは、次世代ステアリング制御システム「Pairdriver®」とその開発者たちです。「人と自動化システムの調和」をテーマに掲げ、来るべき自動運転社会に新たな可能性を示しました。プロジェクトを率いるのはスイス出身の敏腕エンジニア。さらに、プロトタイプから製品性能を飛躍させたのは、コロナ禍直前にスイスに渡った若手技術者でした。彼らのパーソナリティーに焦点を当てながら、開発の背景にあるストーリーを浮き彫りにします。
(インタビュー日:2023年7月25日)

Main Theme

Pairdriver®

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ハンドルに直結する電動パワーステアリング(EPS)を介して自動運転システムと運転者の「意思」をつなげるシステム。自動運転や先進運転支援システム(ADAS)のレーントレース性能を維持したまま、運転者がより自然で継ぎ目のない感覚で操舵介入することを可能とします。

現状のステアリング制御の主流である「自動運転システムに操舵権限を明け渡す=自動運転と手動運転を都度切り替える」という概念を覆し、稼働中の自動運転システムに運転者の意思を反映させることができる革新的な技術です。

※より詳細な製品の解説はニュースリリースから

夢物語の実現へ...「クルマの運転の仕方変える」

「クルマの運転の仕方を根本から変える。夢みたいな話だけど、それが私たちの目標」。

流ちょうな日本語の声色に、強い意志と隠し切れないワクワク感がにじむ。

Pairdriverの開発責任者を務めるロバート・フックス(50歳、システム創生研究部 部長)が思い描くのは「スイッチオンから降車まで、運転支援システムと常に、ずっと一緒に運転できるクルマ」。

斬新なステアリング制御システムの開発は、ジェイテクトの前身にあたる光洋精工への入社以来、20年以上にわたる研究活動の集大成だ。

「自動/手動を切り替える」という既存の概念から脱却し、ドライバーがシステムと手を取り合うように、自由でスムーズかつ安全な運転を楽しめる社会へ。母国・スイスから約1万㌔離れた極東の地で出会った腹心の部下や愛弟子たちと手を携え、理想の未来の実現に向けひた走っている。

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Pairdriverのロゴが表示された試験車両で笑顔を見せるロバート・フックス=三重県伊賀市で

訪日のきっかけは "飽くなき好奇心"

フックスはスイスの国際都市・ジュネーブ出身。国内屈指の高等教育機関であるスイス連邦工科大学でメカトロニクスの修士号を取得した後、「面白さを求めて」オーストラリアへ。英語を学び、民間企業で天気予報に使うパラボラアンテナの制御プログラム開発に携わった。

在豪企業との1年の契約を終えて母国に戻り、身の振り方を思案していた時、大学時代の恩師であるハネス・ブロイラー(現・同大学名誉教授)から提案されたのが日本行きのプランだった。

「ブロイラー先生は磁気ベアリングが専門で、日本の大手電機メーカーや東京大学で研究者として働いた経験がある人。スイスが国を挙げて運営していた若手エンジニア向けの研修助成金制度の窓口にもなっていた方で、紹介してくれた研修先がベアリング製造で有名な光洋精工だった」。

縁もゆかりもない国の、耳なじみの薄い企業。だが、迷うことなく訪日を決めた。

「オーストラリア時代にたくさんの日本人留学生と知り合っていたこともあって、歴史の深い日本の文化に触れてみたいと思った。とにかく、面白そうなチャンスを逃したくなかった」.

2000年当時、27歳。インターネットで情報を得ることが一般的になる前の時代の決断だった。

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流ちょうな日本語で訪日のきっかけを振り返るフックス

独学で日本語習得...腹心の部下との出会い

初任地は現在も働く奈良の拠点。研修生として配属されたフックスに与えられた最初の仕事は、自動車のトランスミッション(無段変速機)の技術書を読み込むことだった。

「初めて会社に行ったら、デスクに分厚い英語の技術書を3冊ドスンと置かれて『とにかくこれを読んで』と」。

当時、光洋精工は英国企業とトランスミッションの共同研究を進めていたためで、この時に学んだ技術が後に制御領域に軸足を移していくための礎となった。

英語を使いこなす同僚が身近にほぼいない中、「日本語は完全に独学で学んだ」。1年の予定だった研修生活を終えると、自身と会社が互いに求めあう形で正式な社員への切り替えが決まった。異文化の中で、最新の技術に触れ知識が増えていく生活がとにかく楽しかった。

その後の2004年、フックスの直属の後輩として配属されたのが、後にPairdriver開発のプロジェクトリーダーを担う田村勉(45歳、システム創生研究部モビリティ制御研究室 室長)だった。

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Pairdriverの試験車両にパソコンをつなぐ田村勉

"腹心の部下との出会い...苦楽を共に

「フックスさんは真面目で何事にも真剣。それでいて自分に自信を持って行動する人だった」。

田村は地元の滋賀県立大学を卒業後、新卒で別の事業会社に就職した後、自身が取り組みたい分野を改めて見出して退職。大学院経由で光洋精工への入社を決めた変則的な経歴の持ち主だ。確かな自身の「軸」を持っている者同士、フックスとはすぐに意気投合した。

拠点にこもる研究活動だけでなく、現場に繰り出す顧客サポート業務にも一緒に取り組み、苦楽をともにした。 フックスは「私がパリの拠点に異動になっても、日本にいる時と変わらないくらい田村さんと連絡を取り合っていた」と笑う。互いに、掛け替えのない存在となっていった。

それでも、2016年にフックスがパリから奈良に戻り、Pairdriverの原型となるアイデアを持ち込んできた時には田村も耳を疑った。 「『人と機械の協調』といっても、そんなこと本当に可能なの、って」。

2010年以降、自動車メーカーや大手IT企業による自動運転車の開発発表を契機に、ジェイテクトも自動化技術の研究に着手。16年当時は、ステアリング分野では競合他社と同様に「自動運転⇔手動運転」の切り替えをいかにスムーズにできるかという点に注力して開発が進んでいた。

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 Pairdriverの前身となる技術の開発が始まった当時を振り返る田村。開発プロジェクトのリーダーを担う

理想のコンセプトとの邂逅 「シェアード・コントロール」とは

ただ、フックスが持ち込んだアイデアは決して荒唐無稽なものではなかった。

きっかけはフックスがパリから日本に帰国して間もない2016年夏、京都での学会発表で「シェアード・コントロール」という概念を知ったことだった。 「人とシステムが一緒になって機械の制御をするんだと。自動車に関連付けた発表ではなかったし、その時点では一つのコンセプトでしかなかったけど、とても面白いと思った」。

フックス自身が試験場のコースで試験車両に乗り込み、「自動運転⇔手動運転」の切り替えシステムを試している時に感じた違和感。それを払しょくする考え方との邂逅だった。

「切り替えをする時に、必ず自動運転のシステムと手動運転が重なってシェアされる時間がある。それまではその時間をいかに短くスムーズにするかを考えていたけど、『それならずっとシェアしたままにすればいいんだ』って」。

フックスと田村を中心に立ち上がったプロジェクトチームはその後、ハンドルを通じた触覚による人とシステムの意思疎通に活路を見出す。2017年、「ハプティック(触覚による)・シェアード・コントロール」(後のPairdriver)と名付けたステアリング制御システムの開発が始まった。

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Pairdriverの概念を表すイラスト

若手の台頭...スイス留学でシステム改善に貢献

Pairdriverの肝となるのが「舵角制御(ハンドルまたはタイヤの切れ角の制御)」の技術だ。この改善に関して際立った活躍を見せたのが、2015年に入社したばかりの仲出知弘(33歳、システム創生研究部モビリティ制御研究室第1G 主任プロフェッショナル)だった。

フックスが「私たちの大谷翔平」と米野球・メジャーリーグで活躍するスター選手になぞらえる若手の筆頭格。本人は高評価に恐縮を繰り返す一方で、情報収集能力と根気強さに優れ、開発メンバーが頭を悩ませていた不具合に対応する論文を誰より早く見つけ出すなど、入社3年目頃の段階で「とにかく瞬発力が素晴らしく、粘り強く物事に取り組める」(田村)という高い能力を示していた。

順調なキャリアを歩む中、仲出にとって大きな転機が訪れたのは2018年末。システム創生研究室が属する研究開発本部の人材育成施策の一環として、若手エンジニアを対象とした海外大学派遣の話が立ち上がった。それまでの実績から「仲出さんをぜひ」と考えたフックスは、母校にあたるスイス連邦工科大学の博士課程に仲出を送り込むことを画策。自身の日本行きの決断に関わった恩師らの協力も取り付け、仲出にPairdriverのさらなる改良に関する研究への従事を促した。

仲出本人も戸惑いながら意欲を示し、2019年初に大学キャンパスのある湖のほとりの田舎町・ヌーシャテルへ移り住んだ。地元スイスの学生はもちろん、フランス、ドイツ、イラン、中国、ネパールなど世界各国から集まった研究人材と切磋琢磨する日々が始まった。時には「専門外の分野でもバシバシと意見を言い合える仲間たち」に圧倒されながら、博士論文の執筆にいそしんだ。

新型コロナウイルス禍の影響を受け、2020年春に日本に帰国。7時間の時差に悩まされながらリモートで学生生活を続けた。苦しい時に支えになったのは、同門の先輩となったフックスの言葉だったという。

「フックスさんはどんなことがあっても『絶対大丈夫』『自信を持って取り組め』と後押ししてくれた。どうしてそんなに自信たっぷりに言えるのかわからないくらい、とにかく力強く励ましてくれた。人としてもエンジニアとしても尊敬する、今までの人生で一番影響を受けた存在です」。

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スイスでの研究生活を振り返る仲出知弘

広がる影響...未来の自動運転社会の在り方とは

仲出が執筆した研究論文「Haptics based multi-level collaborative steering control for automated driving」の成果により、Pairdriverは自動運転システムとドライバーの意思を同調させながらより直感的かつ安全に車両を操舵することが可能となった。

この論文は2023年1月、英国の科学雑誌「Nature」が運営するオープンアクセスジャーナルへの掲載を勝ち取った。スイス地元紙の報道にも取り上げられ広く知れ渡るなど、業界各所で影響を広げている。

さかのぼれば2018年と2019年、多くの機能がオートメーション化された旅客機・ボーイング737MAXが墜落する痛ましい事故が発生。安全面を考慮しても「人とシステムのより良い協調」に関する技術が進展することの意味は大きくなっている。

Pairdriverはこれまでにない全く新しいシステムだけに、市販車両への実装に向けた取引先との交渉など課題が山積しているのが現状だ。だからこそ、今後について話すフックスらの表情や声色は期待感と野心に満ちている。

「例えば現行のクルーズコントロールなどと同じように、ハンドル近くの操作ボタンの一つがPairdriverの起動スイッチになるほど一般に浸透したら...。きっといろんなものが変わってくる」。

自動車の安全にとって重要なステアリングに精通したモノづくり企業だからこそ作り出せたソフトウェアが輝く時。それは、これからの自動運転社会の在り様に一石を投じる瞬間となるはずだ。

(文中、敬称略)

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試験車両に乗り込み、談笑する(左から)フックス、仲出、田村

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