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「疑問はあくまで突き止めよう」
技能五輪に挑む若手たちと、技術をつなぐ人々

大前拓海(ジェイテクト高等学園 旋盤職種 技能五輪選手[RS2.1])
今西史弥(ジェイテクト高等学園 旋盤職種 技能五輪選手)
石川弘行(ジェイテクト高等学園 学園長)
技術支援
東 孝幸(研究開発センター 成形プロセス研究部モデリング研究室 室長)
井本吉紀(研究開発センター 成形プロセス研究部モデリング研究室 主任プロフェッショナル)
太田紘暉(研究開発センター 成形プロセス研究部モデリング研究室 係員)

Interview

技能五輪。
23歳以下の若手技能者が職種ごとに技能を競う国内最高峰の大会だ。製造、建築、情報、サービスなど幅広い分野の40職種以上あり、選手たちは日頃培った技能と知識を発揮し、日本一を目指す。しかし、この技能五輪は、単なる競技大会ではない。

そこには、モノづくりに向き合う姿勢、人を育てる仕組み、そして次世代へ技術をつなぐための挑戦がある。

ジェイテクトにとって、モノづくりは人づくりそのものだ。

ジェイテクト高等学園は、モノづくりを支える技能者を育成する機関として設立され、多くの技能者を輩出してきた。技能五輪への挑戦もまた、その育成活動を象徴する取り組みの一つである。

技能五輪で培われた経験は、やがて職場で課題解決に挑む挑戦者としての土台となり、次のモノづくりへとつながっていく。

2026年9月、技能五輪全国大会の課題が発表された。

全国大会への出場を決めた大前と今西は、本番へ向けた準備を本格化させている。
その舞台裏にあるのは、選手たちの努力だけではない。長年にわたり技能者育成に携わってきた学園長の石川、選手を支えるコーチたち、そして近年新たに加わった研究開発部門の支援だ。
そこには、ジェイテクトのMissionである「技術をつなぐ」を体現する姿があった。
(インタビュー日:2026年9月8日)

技能五輪02.png写真左から 石川学園長、今西選手、大前選手

Main Theme

「疑問はあくまで突き止めよう」が育てる、次世代の技能者たち

技能五輪全国大会は、若手技能者が技能レベルを競い合う舞台だ。
しかし、その価値はメダル獲得だけではない。課題に向き合い、失敗と改善を繰り返しながら、自ら考え、答えを見つける力を身に付ける場でもある。
ジェイテクト高等学園では、長年受け継がれてきた学園訓「疑問はあくまで突き止めよう」のもと、技能だけでなく探究心を育む人財育成を続けてきた。
全国大会への出場を決めた大前と今西。そして二人を支えるコーチや研究開発部門。それぞれの立場から「技術をつなぐ」に挑む人たちの姿を追った。

Index

■昨年の悔しさを、全国大会への切符に変えて
■兄への憧れから始まった挑戦
■「1年目は言われた通りでいい。2年目は自ら考える」
■感覚で受け継がれてきた技術をどう伝えるか
■"数ミクロン"の世界へ挑んだ研究開発
■技術と技能がつながった瞬間
■技術をつなぐのは、人だ

昨年の悔しさを、全国大会への切符に変えて

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高校時代、機械科を専攻していた大前は、以前からジェイテクト高等学園に興味を持っていた。
学園について調べる中で、ジェイテクトが生み出す製品やモノづくりに魅力を感じ、入学を決めたという。

技能五輪を目指したきっかけも明確だ。大会を見学した際、「かっこいいな」と感じた。自分もあの舞台に立ちたい。その思いが挑戦の原点になった。しかし一年目の挑戦は、不本意な結果で終わった。

「一年目で二次予選を通過できず、悔しい思いをしました。今年こそはという気持ちを持って取り組んでいました」

昨年届かなかった全国大会。だからこそ、今年の二次予選には特別な思いがあった。一年間の訓練を通じて、自身の変化も感じていた。

「一年目と比べると、やれることも増えていましたし、安定して点数を出せるようになっていたと思います」

もちろん本番には緊張感がある。それでも、「最後まで自分の実力を出せたと思います」という手応えがあった。

そして結果は技能五輪全国大会出場。

「全国では金賞を目指します」

昨年届かなかった舞台への切符を、自らの力でつかみ取った。

兄への憧れから始まった挑戦

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今西が技能五輪を知ったのは高校生の頃だった。高校の機械工科で学んでいた当時、技術や技能をさらに高めたいと考え、教員へ相談した。その際に紹介されたのがジェイテクト高等学園だった。一年間で知識と技能を学べること。技能五輪へ挑戦できる環境があること。そうした点に魅力を感じ、入社を決めた。

技能五輪を目指すようになった背景には、兄の存在もあったという。兄は建築大工職種で技能五輪全国大会に二度出場し、二大会連続で銅賞を受賞している。「高校生の頃から兄が目標でした」今西は実際に全国大会会場へ足を運び、兄の競技を見た。その経験が、自分も挑戦したいという思いにつながった。

高校時代から旋盤に興味を持ち、部活動や技能検定などで数多くの加工を経験してきた。旋盤でモノづくりを行う楽しさを感じ、さらに知識と技能を高めたいと考えるようになった。技能五輪でも迷わず旋盤職種を選んだ。そして今年、自らが全国大会へ挑む立場になった。

「まず二次予選を突破して全国大会へ出ることを目標にやってきました」

結果を聞いた瞬間の気持ちを尋ねると、「もちろんうれしかったですが、一番はホッとしました」と振り返るが、目標はまだ先にある。「兄が取った銅賞を超えることを目標にしています」そして、「全国の空気感を感じたいです」とも話す。憧れだった舞台で、自分がどこまで通用するのか。その挑戦が始まろうとしている。

「1年目は言われた通りでいい。2年目は自ら考える」

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高等学園の学園長である石川自身も、高等学園出身の技能五輪経験者だ。

1986年に豊田工機へ学園生として入社。1988年、第26回技能五輪全国大会旋盤職種へ出場し、翌1989年の第27回大会では第4位となった。当時の旋盤職種における社内最高順位だった。

その後、製造現場と技能教育の双方を経験し、2005年から技能五輪旋盤職種の指導員として後進育成に携わる。これまでに6職種100名の選手育成に関わり、現在は学園長として人財育成を担っている。

そんな石川が繰り返し語る言葉がある。

「一年目は言われた通りやればいい。でも二年目は自ら考えねばならない」

一年目は、まず先輩やコーチから学ぶ時期だ。競技課題を理解し、加工の基礎を身に付け、先人たちが積み重ねてきた知識を吸収する。

そして二年目になると、自分で考えることが求められる。なぜうまくいかなかったのか。
なぜこの方法を選ぶのか。自分なりの考えを持ち、自分の言葉で説明できるようになることが重要だという。

例えば、一年目はコーチが準備した道具を使う。しかし二年目になると、自分で使う道具を準備するようになる。

大前は、「自分で使う道具を考えるようになってから知識が増えました」と話す。加工が思うようにいかなかった時にも、「どこがおかしいんだろうと考えるようになりました」という。その変化はコーチとの対話にも表れている。「自分の思考が整理され言語化しやすくなったと思います」結果だけではなく、原因を考える。それが成長につながっている。

一方、今西はそんな大前の姿から学んでいる。「同じ課題でも全然違います」「自分から提案や改善をどんどんやっています」と言った言葉が並び、そして「相談すると分かりやすく教えてくれますし、一緒に考えてくれます」と語る。最後に大前について尋ねると、「とても尊敬している先輩です」と話した。

「自分の力を信じて、自分の力で使える道具を作っていってほしい」石川が学園長として育てたいのは、競技で結果を残せる選手だけではない。現場に戻ったあとも、自ら課題を見つけ、考え、改善できる技能者だ。その考え方の土台になっているのが、ジェイテクト高等学園で長く受け継がれてきた学園訓である。

「疑問はあくまで突き止めよう」

その言葉は、今も選手たちの挑戦を支えている。そして、その探求心は選手自身の成長だけではなく、技能を次の世代へ伝えていくためにも欠かせないものだった。

感覚で受け継がれてきた技術をどう伝えるか

技能五輪06.png

技能伝承の現場で、石川が長年課題に感じていたことがある。刃具づくりだ。旋盤競技では、刃具の状態が加工結果を大きく左右する。熟練者は経験や感覚によって最適な状態へ近づけることができる。しかし、その感覚を若い選手へ伝えることは簡単ではなかった。「どういうふうに研げばいいのかを細かく伝えるのが難しかった」という。

例えば、「もう少し削る」「これぐらいの形状にする」と説明しても、その"これぐらい"を共有することは難しい。技能が高度になればなるほど、その差はわずかになる。石川が学園長として大切にしているのは、自ら考え、答えを見つける力を育むことだ。しかし、その力を育てるためには、まず経験や感覚として蓄積されてきた技術を正しく伝えなければならない。

だからこそ石川は、感覚だけでなく、別のアプローチが必要ではないかと考えた。
そこで協力を求めたのが研究開発部門だった。研究開発センター 東は「研いだ刃先がどういう形状になっているのかを詳しく見たいという相談がありました」と当時を振り返り「形状と加工結果を紐付けたいという話でした」と言葉を添えた。技能の世界で培われてきた経験を、技術の力で見える化できないか。新たな挑戦が始まった。

"数ミクロン"の世界へ挑んだ研究開発

技能五輪07.jpg写真左から 太田、井本、東

技能の世界で培われてきた経験を技術の力で見える化する、その取り組みは簡単なものではなかった。研究開発担当の井本は、「最初は正直難しいと思いました」と振り返る。観察しても違いが見えない。測定しても差が分からない。結果との関係も見えてこない。「無理じゃないですかね」という発言もあったという。そうした状況からのスタートだった。

それでも、井本と太田は計測機器や測定方法を見直しながら検証を続けた。見えなかった違いをどう捉えるか。何を測れば加工結果との関係が見えてくるのか。試行錯誤を重ねる中で、少しずつ輪郭が見え始めた。そして見えてきたのは、想像以上に繊細な世界だった。選手たちが調整している差は、数ミクロンから十数ミクロン。
人の目では簡単に分からないレベルの違いだ。しかし研究開発部門による分析の結果、そのわずかな差が加工結果を左右していることが見えてきた。

太田は驚いたという。「よくこの差を感覚で調整しているなと思いました」さらに、「異次元だなと思いました」とも語った。

数字やデータで解析する立場から見ても、熟練技能者が積み上げてきた感覚の世界は簡単に説明できるものではなかった。研究開発担当者にとっても、この取り組みは特別な意味を持つものだった。実は、この取り組みに関わった太田自身も高等学園出身者だ。学園生だった頃、技能五輪に挑戦する先輩たちを憧れそして尊敬の眼差しで見てきた。「技能五輪、かっこいいなと思っていました」その憧れの舞台に、研究開発という立場から関わる。選手としてではなく、支える側として。そこにもまた、技術をつなぐ一つの形があった。

技術と技能がつながった瞬間

研究開発部門による刃具の形状分析は、指導現場にも変化をもたらした。

石川は、「共通言語ができた」と話す。これまでは経験則として説明していたことが、形状データや測定結果と結び付けて説明できるようになった。「たぶんこうだ」ではなく、「だからこうだ」と伝えられるようになったという。選手にとっても大きな変化だった。

大前は、「二年目の今年は自分で刃具を研ぎますが、形状がデータ化されたことで自分に合う刃具が理解しやすくなりました」と話す。今西も、「目で見てわかるのでありがたいです」と語る。

東は今回の取り組みについて、「技能と技術は対立するものではありません」
と話す。さらに、「お互いを高め合う関係だと思います」とも語った。

感覚によって培われた技能。分析や可視化による技術。どちらか一方ではなく、その両方があることで、技術伝承はさらに前へ進む。今回の取り組みは、その可能性を示している。

技術をつなぐのは、人だ

技能五輪全国大会まで残された時間は限られている。それぞれが、自分自身の目標に向かって準備を続けている。その姿を見守る石川は、結果だけではなく、その経験そのものに価値があるという。「この経験は五年後、十年後に必ず自分を支えてくれると思います」技能五輪は大会で終わるものではない。

課題に向き合った時間。考え続けた日々。失敗と向き合った経験。そこで得た学びは、職場へ戻った後も技能者としての土台になる。そして、その挑戦は決して選手一人の力だけで成り立つものではない。

日々指導するコーチ。職場の先輩たち。ともに学ぶ仲間たち。そして、技術面から支える研究開発部門。多くの人たちの支えがあって、選手たちは全国大会という舞台に挑むことができる。

石川は、技能だけでなく、そうした支えの存在を理解することも大切だと話す。「全国大会が終わった時に、『皆さんのおかげで結果を出すことができました』と言える人になってほしいですね」。

ジェイテクト高等学園で長く受け継がれてきた学園訓がある。

「疑問はあくまで突き止めよう」

なぜだろう。どうすればもっと良くなるだろう。その問いを諦めず、自ら考え続ける。
その積み重ねが、人を成長させ、技術を磨いていく。

大前と今西の挑戦。石川が大切にしてきた「疑問はあくまで突き止めよう」という教え。技術伝承を支える研究開発部門の取り組み。それぞれの取り組みは、「技術をつなぐ」という一つの思いで結ばれている。技術をつなぐことは、人を育てることでもある。

そしてその営みは、多くの人への感謝とともに、次の世代へ受け継がれていく。

技能五輪08.png

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