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STORIES
答えのない課題に挑み続けた、リンクレス ステア・バイ・ワイヤ開発の8年間
位田祐基 (自動車事業本部 先行システム開発部 第1システム開発室 第2開発課 主任プロフェッショナル)
河本将司 (生産技術本部 ステアリング生産技術部 組立生技室 RP-EPS 第2課 課長)
加度雄太 (営業本部 トヨタ支社 第1営業部 第1営業課 プロジェクトマネージャー)

Interview
期待と不安、そして挑戦の日々。
ハンドルとタイヤを機械的につながず、電気信号によって操舵を行う「リンクレス ステア・バイ・ワイヤ(以下、ステア・バイ・ワイヤ)」。この前例の少ない技術に対し、プロジェクトメンバーが抱いた思いはそれぞれ異なるものでした。開発を進める中で立ちはだかる数々の壁を前に、プロジェクトメンバーは部署や立場の違いを超えて思いを一つにし、壁を乗り越え目標に向けて歩み止めずプロジェクトを推進。世界初への挑戦を支えたのは、技術だけではありませんでした。
今回のJTEKT STORIESでは、LEXUS RZやTOYOTA e-Paletteに採用されたステア・バイ・ワイヤの開発に携わった設計・生産技術・営業部門の代表として3名が、その裏側にあった苦労や喜び、そして未来への展望を語ります。
(インタビュー日:2026年7月6日)
Main Theme
異なるコンピタンスを持つ社員がつながることで生まれた
ステア・バイ・ワイヤ
ステア・バイ・ワイヤは自動車の電動化や自動運転化が広がる中で、量産車への搭載が期待されてきました。一方で、この技術は業界としても前例のない未知の領域でした。
Index
■未知の技術を前に、それぞれが抱いた期待と不安
■性能と品質、その両立を追い求めて
■部署の垣根を越えてつくり上げた品質保証
■世界初の挑戦を支えた"橋渡し役"
■Syncusteerが切り拓くモビリティの未来
未知の技術を前に、それぞれが抱いた期待と不安
ハンドルとタイヤを機械的につながない「ステア・バイ・ワイヤ」技術。その研究はジェイテクトの前身企業である光洋精工が世界で初めて電動パワーステアリングを開発・量産に成功した1988年から7年後の1995年から進められてきた。そして、2017年、その取組みに着目したトヨタ自動車から声がかかり、本格的なリンクレスのステア・バイ・ワイヤの量産開発がスタートした。
しかし、機械的な接続が存在しないステアリングシステムを乗用車に搭載することは、安全性や操舵安定性などにおいて大きな挑戦であった。その始まりを、メンバーはどのように受け止めていたのだろうか。
2017年に入社した先行システム開発部の位田は、学生時代からステア・バイ・ワイヤに興味を持ち、将来はこの技術の開発に携わりたいと考えていた。「学生時代からの希望が叶い、モチベーションが上がりました。システムの自由度が高く、いろいろなことができそうで、楽しそうな開発だと思いました」と前向きに捉えていた。
一方で、当時すでに複数の製品立ち上げを経験していたステアリング生産技術部の河本は、期待よりも先に不安を感じていたという。「本当に大丈夫かな、という気持ちがありました。何かあった時に、機械的につながっていることの安心感は大きいので、エンドユーザーに受け入れてもらえるのだろうかと不安に感じていました」と話す。
同じくステアリングの原価改善や価値向上に携わり、トヨタ自動車への出向経験も持つトヨタ支社第一営業部の加度も、別の視点から難しさを予感していた。「技術的な課題はもちろん、法規対応や要求仕様も大きく変わる。ジェイテクトだけではなく、お客様も含めて大変な開発になるだろうと思いました」。
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同じプロジェクトのスタート地点に立ちながらも、その受け止め方はそれぞれに異なっていた。
性能と品質、その両立を追い求めて
それぞれ別の思いを抱えながら始まった製品開発。
今回のステア・バイ・ワイヤ開発は、開発・設計だけでなく、生産準備や営業など、多くの部門のメンバーが参画するプロジェクトとして進められた。その中で、エンジニアリングチェーンの上流を担う開発・設計部門のメンバーとして参画したのが位田だ。ステアリングシステムの機能を司るソフトウェア開発に携わり、これまでにない操舵体験の実現に挑んだ。
これまでのジェイテクトのモノづくりでは、お客様からの要望を形にするケースが多かった。しかし、お客様も初採用となるステア・バイ・ワイヤの開発では、ステアリングサプライヤーとして培ってきた車両運動や操舵感のノウハウを活かし、初期構想段階から積極的に提案や議論を重ねていった。
「ステアリング制御の操舵性能を高めようとすると、背反でハンドルの操作性に違和感が生じるなど、課題が様々生じました。世界初のステア・バイ・ワイヤとして性能も品質も中途半端なものは出せない。トヨタ自動車さんと双方向に理解を深めながら、求められる性能と操舵感を実現していきました」。
特に時間を費やしたのが、路面やタイヤの情報をドライバーへどの程度伝えるかという設計だった。機械的な接続を持たないステア・バイ・ワイヤでは、その伝え方を自由に制御できるため、ドライバーの運転体験そのものが変わる重要な要素となる。
当初は機械的接続がある従来の電動パワーステアリングと同程度の情報量を伝えることを想定していた。しかし、実験車による評価を進める中で課題が見つかった。情報を伝えすぎると、ドライバーが操舵する際にハンドルが細かく振動し、操舵性に影響を及ぼすことが分かったのだ。
「リードタイムやコンピューターの処理能力にも制約があります。やりたいことはたくさんあるけれど、現実的な目線でどこまで実現するか。その線引きの議論には本当に苦労しました」。
機械的な接続がないからこそ、設計の自由度は飛躍的に高まる。一方で、それは無数の選択肢から最適解を探し続けることでもあった。正解のない世界で、一つひとつの判断を積み重ねながら開発は進んでいった。
部署の垣根を越えてつくり上げた品質保証
新製品を計画通りの品質・コスト・納期で安定的に量産できるよう、設備や工程、人員などを整える生産準備。通常は設計が完了した後、仕様書に基づいて進められる。しかしステア・バイ・ワイヤの開発では前例のない技術だったこともあり、設計段階から生産技術部門が参画し、量産を見据えた検討が進められた。その中心メンバーの一人が、河本である。
電動パワーステアリングの製造ラインを改造し、ステア・バイ・ワイヤの量産体制を構築する。そのなかで大きな課題となったのが、"どのように性能を保証するか"だった。従来のステアリングであれば、ハンドルを回した際に、機械的な接続を通じてタイヤまで正しく動作するかを評価できる。一方で、ステア・バイ・ワイヤにはその接続がない。電子制御によって動作するシステムを、どのように評価し、保証するか。河本たちはその答えを探すところからスタートした。
ステア・バイ・ワイヤでは、ハンドル操作を検知する操舵側とタイヤを左右に動かす転舵側それぞれに搭載された制御装置MCU(Motor Control Unit:モーター制御ユニット)が情報をやり取りする。そのため、生産ラインでの保証方法も、MCUの動作を軸に考える必要があった。
「生産ラインの中で、どのように保証を行うか。そのためにどのような検査工程を設けるのか。検証方法の確立に少なくとも1年はかかりました」。ハンドル操作によるトルク情報をもとに制御する従来の電動パワーステアリングとは異なり、MCUを中心とした制御のノウハウはほとんどなかった。評価とフィードバックを繰り返しながら、検査方法や仕様を一つずつ作り上げていった。
また、転舵側と操舵側で、生産拠点が異なる電動パワーステアリングをベースに開発されていたため、特にMCU間での信号について、どのように生産ラインで模擬するのかなど、議論を重ねながら仕様を作り上げていった。
さらに、評価設備や試験環境にも前例がなかったため、自部署だけで課題を解決することはできなかった。実験解析、品質管理、試作部門など、多くの部署と知恵を出し合いながら開発を進める中で、河本は品質管理部との議論が特に印象に残っているそうだ。「もちろん品質第一ではありますが、前例がないからといってあらゆるすべてを検査すれば時間とコストがかさむばかりとなります。本当に必要な検査なのか、不要な検査なのかについてはかなり議論しました」。品質を守るために何を検査するのか。その答えすら存在しないなか、多くの部署と力を合わせることで生産準備は進められていった。「今思うと、by Allで立ち上げに向かっていました。すごく楽しくて、モチベーションも高かったです」。
振り返れば、数々の課題を自部署だけで抱え込むことはなく、困った時には部署を超えて相談し、知恵を出し合っていた。一部署だけでは辿り着けなかった答えも、多くの専門性がつながることで少しずつ形になっていった。その積み重ねこそが、世界初への挑戦を支えた原動力であり、ジェイテクトのValueである「Yes for All, by All ! -みんなのために、みんなでやろう-」を体現するプロジェクトだった。
世界初の挑戦を支えた"橋渡し役"
そして、プロジェクト全体を俯瞰しながら、お客様と社内をつなぐ役割を担っていたのが営業の加度だ。開発フェーズでは、お客様との窓口を担当した。普段の営業活動では、技術内容をある程度理解したうえで日程や納期、コストの調整を行う。しかし、ステア・バイ・ワイヤ開発では、複数のワーキンググループが同時並行で議論や開発を進めており、全てを把握しながらお客様対応を行うことは困難だったという。
特に影響が大きかったのが、量産開始が当初計画から3年延期したことだった。開発期間が長期化したことで、お客様側も含めて担当者が何度も入れ替わり、3~4人の担当者をまたぐこともあった。
「量産開始に近づくにつれてお客様から要求される説明が詳細かつ多岐に渡るようになりました。数年前に説明した内容について、『改めて一から説明してほしい』と言われることもありました。設計や生産技術、調達の担当者に何度も話を聞きながら、なんとかお客様に説明を行う日々でした」と振り返る。今ではステア・バイ・ワイヤに関する商談も増えたため、担当するメンバーも増えたが、過去には一人でお客様対応を担っていた時期もあった。当時は、関係部署の協力を得ながら、現場の状況を把握し、お客様からの要望やご相談に応えられるよう走り続けてきたという。
また、開発を支えるだけでなく、ステア・バイ・ワイヤの価値をお客様に正しく伝えることも重要な役割だった。従来のプロジェクトと同じ考え方ではなく、初採用となる技術に込められた付加価値を認めていただき、開発費を適切に評価いただくための交渉も行った。
お互いに合意できる交渉には長い時間を要した。それでも加度は、その苦労以上のやりがいを感じていたという。
「開発規模が非常に大きかったため、交渉に苦労しましたが、ステア・バイ・ワイヤの付加価値を認めていただけたことにやりがいを感じました」。
開発、生産準備、品質保証。多くの部署が積み重ねてきた努力や技術を、お客様へ正しく届けることもまた、営業の重要な役割だ。加度は社内外との対話を重ねながら、ステア・バイ・ワイヤが持つ価値をお客様へ伝え続けてきた。
Syncusteerが切り拓くモビリティの未来
8年にわたる挑戦の末、2025年3月、ジェイテクトのステア・バイ・ワイヤはトヨタ自動車が発売したLEXUS初のBEV専用モデル「RZ」に搭載された。
実際にLEXUS RZを運転した位田は、「ステア・バイ・ワイヤと従来のステアリングの一番大きな違いは、ハンドルを持ち替えずに運転できることですね。その特長を生かし、ドライバーの視界を遮らない異形ハンドルを採用することができました。はじめは皆さん恐る恐る操作されますが、実際に運転してみると意外と普通に運転できると言っていただけます。抵抗感なく運転していただけることは、トヨタ自動車さんと車のチューニングを進める中で、特にこだわった部分だったので、とても嬉しいです」と笑顔を見せる。
加えて、「将来的には、ハンドルの形や操作方法の自由度も大きく広がります。例えば、片手でも操作しやすい形状にすることで、ハンディキャップをお持ちの方の運転負担を軽減することも期待できます。運転をより身近にし、誰にとっても使いやすい運転体験を実現できる可能性があります」と話す。
一方で、従来のステアリングが持つ価値を失わなかったことも、このシステムの大きな特徴だ。
特に作り込んだのが、路面やタイヤからの情報(ロードインフォメーション)をドライバーにどの程度伝えるかの制御である。位田は「他社もステア・バイ・ワイヤを発売していますが、ロードインフォメーションの部分ではジェイテクトが突出していると思っています。ジェイテクトのステアリング制御技術は、従来のステアリングと同じように路面やタイヤの情報をドライバーへ伝えたいお客様にも、そうした情報を抑えた運転体験を提供したいお客様のニーズにも応えられます。お客様ごとに、ドライバーに提供する快適性の考え方は異なります。そのため、どちらの要望にも対応できる技術の多様性こそ、ジェイテクトの強みだと思っています」と語る。
こうして誕生したジェイテクトのステア・バイ・ワイヤには、「Syncusteer (シンカステア)」という名前が与えられた。その技術は外部からも高く評価されている。トヨタ自動車からは最高技術開発賞が贈られ、さらには第76回自動車技術会賞 技術開発賞、日本機械学会賞を受賞した。将来的な自動運転社会の土台となる技術を、部品メーカーとして世界で初めて実現したことが評価されたものだ。
開発陣が磨き上げたのは、現在の価値だけではない。河本は「ステア・バイ・ワイヤは先行優位性があり、長年ステアリングサプライヤーとして培ってきた歴史や経験もあります。お客様のニーズに合わせて、これまで培ってきた技術を活かすことで、格納ハンドルや自動運転への対応など、新たな価値を生み出せる可能性があると思っています」と話す。
その可能性を象徴するのが、ハンドルをダッシュボード内に格納する革新コックピットだ。すでに加度は、完成車メーカーとの会話は始まっていると言う。「お客様が求める車室空間に対応するためには、革新コックピットへの対応が欠かせません。その基礎技術が、ステア・バイ・ワイヤです。従来のような機械的な接続がないため、ハンドルの格納や自由なレイアウト設計が可能になります。格納方法はいくつかありますが、ジェイテクトはこれまで培ってきたコンピタンスを融合させることで対応できるのではないかと考えています」。
加えて、加度は市場への普及という観点から未来を見据える。
「量産は立ち上がったばかりですが、ステア・バイ・ワイヤが当たり前の技術になるためには、より多くの車両へ展開していく必要があります。完成車メーカーとの会話からも、電気自動車だけでなく、ハイブリッド車をはじめとした様々な車種への普及も視野に入れていかなければならないと感じています。一方で目先の反応だけではなく、その先のモビリティに向けた開発が重要だと思っています。将来的には、『もっとハンドル操作を軽く運転したい』『スポーティーな操舵感にしたい』といったユーザー一人一人の好みに合わせて、自由にカスタマイズができる運転体験を実現していきたいですね。また、搭載レイアウトの自由度が高いため、タイヤと操縦席の位置が離れていても成立します。エンターテインメント性を備えた新しい乗り物などにも使われていくと面白いと思います」と次世代モビリティへの期待を語った。
Syncusteerを起点に、より自由で快適なモビリティ社会の実現へ。異なるコンピタンスを持つ社員たちが力を合わせて生み出した挑戦は、これからも続いていく。



