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高校生スケートボーダー赤間凛音。悔しさを推進力に見据えるのは、金メダル

赤間 凛音(スケートボーダー)

Interview

NiNjAベアリングがつないだご縁で、2024年パリオリンピック スケートボード女子ストリート銀メダリストの赤間 凛音選手にお話を伺うことができました。
スケートボードを始める前から「やるからには世界一を目指そう」と両親と約束していたという彼女。
世界を舞台に活躍する高校生スケートボーダーが貫く、誰にも負けない想いに迫ります。
(インタビュー日:2026年1月28日)

<プロフィール>赤間 凛音(あかま・りず)
2009年1月8日生まれ。宮城県出身、東北高校在学。
・2021年第4回日本スケートボード選手権大会 優勝
・X Games California 2023 2位
・World Skateboarding Tour Rome 2023 優勝
・World Skateboarding Tour Dubai 2024 優勝
・パリオリンピック2024 2位
・SLS Super Crown 2025 2位
・2025 SLS Las Vegas Takeover 優勝
他、多数の国際大会で好成績を修める

Main Theme

技術がある。だから信頼が生まれる。

ジェイテクト製のセラミックボールベアリングが採用されているNiNjAベアリングは、スケートボードにもドラムペダルにも使われています。
"音の立ち上がり"という音楽の世界で評価される精度が、"滑走のスピード"にも響く――技術の本質は、使う人の"感覚の核心"に触れる。

モノづくりの現場で培った精密さが、確かな信頼を生み出しています。

Index

■"自分らしさ"を刻むトリック――バーレーグラインドという武器
■怪我の功名?海が苦手だったからこそ出会えたスケートボード
■悔しさはいつも次の自分を呼び覚ます合図
■リスペクトを言葉にする
■一通の手紙から始まる、揺るがない信頼
■いつか必ず

"自分らしさ"を刻むトリック――バーレーグラインドという武器

東京都立川市にある「ムラサキパーク立川立飛」のメインセクションに、車輪のうなりが響く。

アプローチの速度は迷いがない。フロントサイド(背中側)へと身体と板を180度ひねり、手すりの上に車輪の間の金属部分を当てて滑り降り、着地で再び180度。――進行方向が見えにくい背中側に回る高難易度のトリック、バーレーグラインドだ。

赤間は12歳で出場した2021年第4回日本スケートボード選手権大会でこのトリックを新技として披露し、見事に大会を制した。 以来、バーレーグラインドは彼女の代名詞となった。

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「フロントサイド側の横回転が得意です。他の人が苦手とする動きを活かしたトリックにぜひ注目してほしいです」。

幼い頃から培ってきた感覚と挑戦心。その軌道が、彼女の"らしさ"そのものだ。

「いかに自分のスタイルを全力で出し切れるか」が評価されるスケートボードの世界。赤間の自分らしさの原点がどこにあるのか、探っていく。

怪我の功名?海が苦手だったからこそ出会えたスケートボード

スケートボードとの出会いは7歳。始まりは、家族の何気ない時間からだった。
サーファーだった父は娘にもサーフィンを勧めたものの、赤間は海が苦手だった。代わりにサーフィンの動きを陸上で再現できるスケートボードの一種である「サーフスケート」で遊んでみると、思いがけず心に火がついた。

両親とは「スケートボードを始めるからには、世界一を目指そう」と話していたため、滑り出した日からスケートボードは生活の中心となる。

スケートボードを始めたての頃に出場したアマチュア戦は最下位という結果。「とにかく今できることを出し切ろうと頑張ったのですが、トリックが全然決まらなくて。せっかく決まったと思っても、やっぱり他の皆がすごく上手でした」と思い返す。
この苦い経験が良い刺激になり、「もっと頑張る」と幼いながらに心に誓った。

それからわずか3年後に挑んだ2019 年のINTERNA TIONAL SKATEBOARDING OPEN STREET(中国・河南省)では世界4位という、驚くような成長ぶりを発揮した。

「凛音」という名前は、エリザベスの愛称・リズが由来となっているそうだ。その名の通り、世界に羽ばたく存在となることを両親は予感していたのかも知れない。

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平日は学校終わりに3時間、休日は6時間以上も練習に打ち込む。学業との両立は簡単ではなく、大会で学校に行けない日もあるのだが、「スケートボードにも役立つように、空いた時間があれば英会話を頑張っています」とタフな様子。スケートボードのためなら野菜嫌いも克服できた。

悔しさはいつも次の自分を呼び覚ます合図

さかのぼること4年半、東京2020オリンピック出場を逃した赤間は、同大会での日本人選手の活躍をテレビの画面越しで見守った。
「皆のことは友達として心から『頑張ってほしい!』と応援していたけれど、やっぱりあの場に私もいたかった」と、正直な気持ちを吐露する。

悔しさを噛み締める日々。しかし、道の途中には、何度も大きな怪我が立ちふさがる。
痛みと不安に押し潰されそうになりながらも、両親、地元の友人、スポンサー、そしてスケートボードで出会った人たちの期待に応えたいという気持ちが彼女をトレーニングに向かわせ、「世界一になる」という両親との約束に、一つずつ手を伸ばしてきた。

オリンピック予選を兼ねた数々の大会でポイントを積み重ね、2024年6月、晴れてパリへの切符を掴むことができた。

2024年の夏のパリ。X Gamesのような観客と盛り上がりを分かち合う雰囲気とは異なり、オリンピックには独特の緊張感が漂う。
予選2位で決勝に進んだ赤間は、決勝1本目のランでは得意のバーレーグラインド リバートをミスしてしまい、2本目にかける形に。その時点では暫定首位に立ったが、最後の5本目のトリックを決めきれず、銀メダルという結果だった。

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どんなスポーツでも、世界レベルまで登り詰める道は険しい。スケートボード界では男女ともに世界ランキング上位に日本勢がひしめき合い、オリンピック出場権を得ることがかなり厳しい状況であることは広く知られている。
そうした背景から、初出場のオリンピックで銀メダルを獲得できたことに達成感はあったのかを問うと、赤間は即座に首を振った。
「率直に言うと、とにかく悔しかった。オリンピック銀メダルには達成感は全くなくて、『ロサンゼルスでは金しかいらない!』って、あの瞬間に決めました」と答える。

オリンピック中継を観ていた友人からのメールはすぐに100件以上に達し、帰国後は地元の人からもたくさん声を掛けられ、出身の中学校には「おめでとう」の横断幕。町を挙げてのお祝いムードに感謝の気持ちはありながらも、赤間の心は少し曇っていたようだ。
なぜなら、赤間にとってオリンピックとは金メダルを獲得する場所なのだから。

「ひょっとすると・・・」と彼女はつぶやく。
「あのとき金メダルにあと一歩たどり着けなかったことは、かえって良かったのかも知れないですね。銀メダルという結果だったからこそ、次の目標がすぐにできました。もっと頑張ろうと高みを目指していけるので、銀メダルを取れて良かったのかな、と今になって思えてきました」と言葉を付け足した。

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大会が終われば、結果は胸の中で一度だけ噛み締め、すぐに次へ向かう。
「終わったことは終わったこと。引きずると次の大会に向けての集中が削がれてしまうので」。
最近、練習している新しいトリックがあるそうだ。完璧に自分のモノにして大会で披露するためにも、立ち止まってはいられない。

リスペクトを言葉にする

ここで改めて、スケートボードの魅力はどこにあるのかを尋ねてみた。
「人によってスケートスタイルが違っていて、見ていて面白いですね。やる側としては、難しいトリックがなかなか決まらなくて、やっと習得できたときの達成感にハマります!」と嬉しそうに話す。
そして、スケートボードの最大の魅力は「お互いをリスペクトし合うこと」だとも教えてくれた。

他の選手たちのことを"友達"と表現する赤間。ライバルという感覚は全くなく、友達としてリスペクトしているそうだ。

このインタビューの前日、彼女は仙台から東京へ向かった。この日の練習を共にしていたのは、2020年東京オリンピックスケートボード女子ストリート銅メダリストの中山 楓奈。中山の家に泊まり、二人でカレーを作ったという。勝負の世界に身を置きながら、キッチンで笑い合う時間。スケートボード界の女王たちの友情を垣間見ることができた。

「他の選手たちと試合会場で会ったときは、めちゃくちゃ話しますよ!例えば、自分がなかなか上手くいかないときにアドバイスをもらったり、練習時間に『今のどう見えた?』と動画で確認してもらったり、皆で一緒にレベルアップする感じが心地いいです」と言う。

それは日本人選手同士だけでなく、スケートボードをやっている人であれば世界共通の感覚だそうだ。
大会で再会すれば、「久しぶり!やっと会えたね」と笑い合う。試合中も、選手同士で「今のトリックすごかったよ」と称え合うことで、心の距離が縮まり、ハイタッチやハグが自然に生まれる関係になる。
そうして、世界中に友情の輪が広がる。

一通の手紙から始まる、揺るがない信頼

赤間凛音とNiNjAベアリングの物語は、10歳のときの一通の手紙から始まった。
あるスケートボードショップが、「世界4位の子がいるから、サポートしてほしい」とNiNjAベアリングをブランディングする株式会社JMの森社長につないだご縁である。

「スケートボードを始めたころからずっとNiNjAベアリングを使っていましたが、当時お世話になっていたスケートボードショップの方の紹介で森社長に出会えました」。
この言葉を聞いた森社長が「10歳の凛音ちゃんがかわいい便箋に手紙を書いてくれたのです。今でもその手紙は大事に取ってありますよ」と笑う。
あの頃の自分を思い返し、「今の自分では考えられないような、また違う一面の自分だな、と思います」と赤間は懐かしそうに微笑む。

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<嬉しさがまっすぐに伝わる10歳の赤間からの手紙。ここから、JTEKT×NiNjAライダーとしての第一歩を踏み出した>

そこから彼女はずっとNiNjAベアリング一筋だ。
「何年もずっと使っているので、自然と身についているみたいな感じ。これ以外使えないな、と思っています。 他のブランドをほとんど使っていないので比較は難しいですが、耐久性とスピードははっきり感じます。特に『宙 SORA』というモデルが好きです」。

普段から"これだ"と決めたら冒険しない、一途な性格の赤間。だからこそ、信じられるものを使い続けたい。

ジェイテクトというモノづくり企業の技術がスケートボードの足元を支えていると知ったとき、彼女は"安心感"を覚えたと言う。
「スケートボードのコンテストでは速さも耐久性も命。足元がしっかりしている感覚は、攻める勇気に変わります」。

自分を奮い立たせるために、赤間が試合前に耳へ忍ばせる勝負曲は、藤井 風の『燃えよ』。
「恐怖心は消えないと思っています。だから、練習しまくる。練習で自信を作っておけば、滑り出しの瞬間、 『いける』と思えます」。

いつか必ず

次の大きな目標はもちろん、2028年ロサンゼルスオリンピックでの金メダルだ。
同時に、これまで"大会中心"だった歩みから一歩広げ、ストリートや撮影にも注力したいと抱負を語ってくれた。

「いつか自分のモデルデッキを出すことが夢です。自分の意見が形になって初めて"モデル"と呼べるので、憧れますね。NiNjAのシグネチャーモデルも出してもらえるように頑張ります!森さん、お願いします(笑)」とお茶目さも見せつつ、多くの人から憧れられるスケーターになるために、自分のスタイルを更に磨いていくという決意にも聞こえた。

夢は具体的な形を持つほど強くなる。そこに至る道筋は、日々の地道な反復でしか開かれない。
彼女はそれを知っている。
大会で滑り出しの直前、心が揺れる瞬間がある。そんなとき、背中を押すのはファンの声援だ。

「皆さんの応援は、一歩前に出る勇気につながります。いつもサポートしてくださって、本当にありがとうございます。時間がかかっても、絶対に恩返しするので、待っていてください」と熱を込める。

その言葉に、森社長がそっと重ねる。
「もう、恩返しは受け取ったよ。NiNjA×JTEKTライダーからオリンピック銀メダリストが出るなんて、想像もしていなかった・・・」。
それでも彼女は首を振る。 "もっとできる"ことを知っているからだ。

「スケートボードは怪我もあれば、辛い時期もある。そこを乗り越えさえすれば、絶対楽しいと思えるようになるので、まずは諦めずに続けて欲しい」――この言葉は、スケートボードを始める人たちへのメッセージとしての赤間の言葉であったが、これまでの苦難を乗り越えてきた彼女自身に向けた言葉でもあるように思えた。

フロントサイドに身をひねり、また180度、前へ。

悔しさが推進力に変わる限り、赤間凛音の物語は、さらに速く、さらに遠くへ伸びていく。表彰台の中央に立つ未来の自分の姿に向かって。

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■2025年10月20日公開
「滑り続けることで、自分を超えていく」―スケートボードに乗せる想い、それを支えるトライボロジー/松本 浬璃(プロスケートボーダー) https://www.jtekt.co.jp/stories/_skateboard.html

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