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異色対談 ― 二人の浅野、心に宿す挑戦への覚悟

浅野 博亮(イタリア・バレーボールリーグ セリエA1男子 Rana Verona コーチ)
浅野 諭(CEO室 兼 営業企画部 プロジェクトマネージャー)

Interview

同じ名字、同じ身長。けれど、歩んできた道はまったく違う。バレーボール男子日本代表として活躍後、人事部を経て昨秋からイタリアへ渡った浅野 博亮さんと、ジェイテクト社員の意識改革に奔走する浅野 諭さん。

今回はジェイテクトという舞台で出会った異色の二人の対談をお届けします。
(インタビュー日:2025年6月23日。肩書はインタビュー当時のもの)

Main Theme

言いたいことが言える、やりたいことがやれる会社

ジェイテクトは企業経営と事業運営の軸となる考え方として、MissionVisionValue(MVV)を掲げており、その中で「全員参加」という言葉があります。
全社員が地球・世の中・お客様のために活躍できるよう、「自ら考え行動できる人材」を育成し、一人ひとりが「言いたいことが言える、やりたいことがやれる」職場づくりを行っています。
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Index

■それぞれの原点と現在地
■やりたいことがあったら、悩む時間なんてもったいない。
■挑戦、そしてその先へ
■対談を終えて

それぞれの原点と現在地

「私は2018年に中途で入社したのですが、その時に横にいた女性社員の方から、『浅野さんっておっしゃるのですか。私、ジェイテクトSTINGSの浅野さんのファンです!同じ苗字で羨ましい~』って言われました()
2018年はちょうど自分が日本代表に選ばれていた年ですね」
「そうなのですね。当時、私と同じ部署には髙橋 慎治さん(現:ジェイテクトSTINGS愛知 GM)もいらっしゃいましたよ」
「浅野さん、髙橋さんと同じ部署だったのですね。そんなところでつながりがあったとは・・・」
「今日は浅野が二人なので、諭(サトシ)、博亮(ヒロアキ)と下の名前で呼びましょう」

初対面の浅野 博亮と浅野 諭であるが、そんな和やかな雰囲気で対談が始まった。

 

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浅野 博亮は、5歳の頃からバレーボール漬けの生活だった。

大学時代は2歳年上でキャプテンを務めていた兄と共にチームを春季リーグ・秋季リーグで4連覇に導き、自身もキャプテンとして6季連続のバレー大学リーグの得点王に当たる猛打賞や2回の最優秀選手賞受賞、そして西日本インカレにおいて東海地区の大学としては初優勝を飾るなど、数々のタイトルを獲得。

2013年にジェイテクトへの入社およびジェイテクトSTINGSに入団。しかし、攻撃の中心となるウイングスパイカーというポジションにおいて178㎝は低身長とされるため、当初はチームの監督陣から懸念の声もあったようで、「僕だけ3回も入団選考を受けたのですよ」と苦笑い。

そんな声をもろともせずに、社業と両立しながらジェイテクトSTINGSで活躍し、2015年から2019年にはバレーボール男子日本代表に選出された。
2019-20 V.LEAGUE DIVISION1 MEN(Vリーグ)で自身初の日本一を経験した後、翌2020-21シーズン終了をもって現役を引退。そこから3年間は人事部で新卒採用業務に専念していたが、202411月、イタリアに渡った。今の彼は「修行中の身」。一体何の修行をしているのか、続きは後ほど。

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一方、浅野 諭は学生時代に農業工学を専攻し、画像処理技術を活用した農業用ロボットのプログラミングといった、今流行のAIやロボティクス分野を学んだ。しかし、教授から「せっかく大学院まで行って研究していたのに、どうして営業職なのか」と呆れられながら新卒で入社したのは専門商社だった。

そこでは多様な経験を積んだものの、仕事に対するモチベーションを失っていたこともあり、転職を決意。2018年にジェイテクトに入社した。

ジェイテクトでの最初の配属先である工作機械・メカトロ営業部では当時、Webサイト上での情報発信やメルマガ配信といったツールを活用しての拡販を狙っていた。それはちょうど諭の興味のある分野でもあったので進んで手を挙げ、「やる気がグイグイと伸びてきた」と当時を懐かしむ。
そして、有名なモノづくり系YouTuberをジェイテクトに招いての動画配信や、新しい営業ツールの導入といった成果が実を結び、1年間で30億円の引き合いにつなげた。この実績を買われ、2022年に新規ビジネスを開拓する営業企画部にグループ長として抜擢された。

現在はCEO室と営業企画部を兼務する傍らで、組織風土の変革と人材育成を目的とした社内コミュニティであるA-Lab.B-Lab.を自ら立ち上げ、社員の意識変革に挑んでいる。この二つの取り組みについても後ほど詳しく説明したい。

やりたいことがあったら、悩む時間なんてもったいない。

二人の共通点は「浅野」という苗字だけではない。では、どこに共通点があるのか。

それは「前例が無いことへの挑戦」だ。

まずは博亮の挑戦から。

そもそも彼はなぜイタリアに渡ることになったのか。
実は、博亮は上司に「引退後3年間は社業に専念して、その後はスポーツに関わりたい」と伝えていた。

この3年間、生産現場で製造に関わる業務を担う技能職の採用担当者として、会社説明会のために各地の高校に足を運んだ。

一般的に「会社説明会」というと、各企業の裁量のもとで採用担当者が学生に向けて開催することがイメージされるが、高校新卒採用は活動スケジュールや手法が行政・学校組織・主要経済団体によって厳格に決められており、会社説明会に関しては、企業の採用担当者が生徒と直接接触することはできず、教師が就職先となる企業を生徒に紹介することになる。
そのため博亮は、採用対象となる高校生にジェイテクトの魅力を最大限に伝えようと、あらゆる手段を模索する。例えば、ハローワークに通ってジェイテクトの技能職採用活動における改善点を探したり、採用サイトの充足化やSNSでの発信を始めてみたり、決められたルールの範囲内で「より良い採用活動」を目指して工夫を凝らしていった。

現役時代から人事業務には携わっていたものの、これまでバレーボールが中心だった生活から「仕事だけの時間」に一転し、元日本代表という輝かしいキャリアが通用しないサラリーマンとしての苦労を味わった。

そして引退から3年経過した2024年は、ジェイテクトとしても世界屈指のバレー強豪国であるイタリアのプロチームと関係構築を目指していたタイミングであった。そこに、かつてジェイテクトSTINGSの監督を務めたフェデリコ・ファジャーニの紹介を受け、博亮はイタリアのバレーボールリーグ セリエA1男子のチーム・Rana Verona(ラナ・ヴェローナ)にコーチとして2年間の研修に行けることになったのだった。

バレーボールのリーグシーズンである昨年11月から今年5月末まではイタリアで過ごし、シーズンオフである6月・7月はジェイテクトSTINGS愛知のサポートを務め、8月から来年5月までは再びイタリアで過ごす予定だ。

博亮はこれまでのキャリアの中で、試合の解説者や大学生チームの監督の経験はあったものの、リーグトップクラスのプロチームでのコーチや監督経験は皆無。そして企業の社員が派遣されて海外プロチームのコーチを務めることは前例が無いことであり、「正直なところ、超異例なことなので、周りからは『あり得ない』と思われていた」と言う。そんな逆境に、「バレーボールという自分の軸で戦えるこのチャンスを逃したくない。自分を変えたい」という信念で真っ直ぐに飛び込んだ。

通訳の帯同もなく渡った異国の地は、洗濯機の使い方すらも日本と異なる環境。文化の違いを感じるのはもちろん、イタリアに渡ったからこそ見えた日本バレーボールの優れているところや、海外バレーボールから取り入れたいコーチングのノウハウなど、既に多くの気付きを得ている。この半年間で目の当たりにすることの全てが新鮮で、全てが楽しいと目を輝かせる。

特に習得しがいあったのはデータバレーだ。
着任して間もない頃、チームの試合結果を分析して、1週間でレポートを作成するという課題を与えられた。浅野はデータバレーの手法を知らなかったため、日本でコネクションのあったアナリストに電話してイチから教わった。

そんな博亮の近況に諭が「辛くはなかったですか?」と聞くと、「いいえ、むしろ楽しかったですよ」と意外な答えが返ってきた。

「金曜日にレポートのことを言われて、土日は練習が無いので水曜日に提出したら『もう5日も経っているじゃないか。遅い!』と怒られてしまって・・・。データバレーが初めてであることは言い訳にならないので、普通に考えたらしんどいですよね。ただ、これまで人事部での業務で培ってきたプレゼン資料作成や社内外との調整といった、ビジネスパーソンとして必要とされる様々なスキルや、一つのプロジェクトを積み上げる苦労を経験していたので、それが役に立ったのです。むしろ、その経験が無かったら、イタリアでのコーチ修行は辛くて乗り越えられないと思います」

今、辛いと感じていたとしても、いつかそれが役に立つ日が来る。無駄ではなかったと感じられる日が来る。博亮の言葉からは、そんなメッセージを感じた。

前例の無いことに挑戦するのはとてもハードルの高いこと。最初の一歩を踏み出すのに躊躇しないのか、と問うと、「元々は受け身の性格だったので、波風立てずに、自分から動くようなことは避けているようなタイプでした。ただ、将来を見据えたときに、周りの声は気にせずに、まずはやりたいと思ったことを口にしてみないと始まらないと思ったのです。悩んでいる時間は無かったですよ」と博亮は言う。

その言葉に諭は、「周りに宣言することって大事ですよね」と頷く。

諭は営業企画部で新規事業立ち上げの旗振りをしていたが、新規事業の創出にも営業活動にも、まずは世の中のニーズやお客様の声を知る必要がある。しかし営業本部のメンバーからは「日々の仕事で忙しく、ニーズの探索に手が回らない」という声や「どうしたらお客様の本当の想いを引き出せるのか分からない」といった困りごとが諭のもとに寄せられた。

組織風土を変えないと新規事業は生まれない、と痛感した諭は「2030年までに社員の2割を、"自ら考え、自ら行動する人"にします」と役員に宣言した。そうして、自身が所属する部署の業務の傍らで、2023年に営業本部のメンバーを対象とした社内有志コミュニティが始動した。コミュニティの名称は「営業職である自分にとっての答えと、お客様にとっての答えを共創する」という想いを込めたAnswers-Laboratoryから「A-Lab.」と名付けた。

800人の営業本部メンバーに興味を持ってもらうためには、A-Lab.の世界観を作りこむ必要がありました。なので、活動期間1年間でやるべきことを1週間で考え抜きました」と、そのスピード感はまさに思い立ったが吉日である。

A-Lab.1期あたり約30人が参加し、今年で3期目を迎えるため、社内には100人近くがA-lab.で学び、活躍の幅を広げている。
普段はバックオフィス業務を担当する社員が実際にお客様を訪問してニーズを引き出したり、ワークショップやA-Lab.メンバー同士での対話会を開催することで各々のスキルアップを促したりする。そうした取り組みが社内で評判を呼び、経営層からの「もっと活動を広げたほうが良い」という後押しもあって、A-Lab.を立ち上げた翌年には「B-Lab.」という新たな、そしてジェイテクトでは初となる全社横断コミュニティも誕生した。

B-Lab.」は、部署間の壁を"越境"することをテーマとしており、Breakthrough-Laboratoryから名付けた。商社からの転職を経験している諭がジェイテクトの課題として感じたことはセクショナリズムであった。「メーカーは色々な部署が連携していると思ったのに、"一人商社"のような状態だった」。それがB-Labを立ち上げた理由だ。第1期は100人が参加し、今期は180人規模になる。

この二つの社内コミュニティ立ち上げという挑戦がきっかけで、諭は71日付でソリューション共創センター(詳細はこちら)内のソリューション統括部に異動し、今後はA-Lab.B-Lab.の活動を通じた人材の意識変革を業務の主軸としていく。

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そんなスケールの大きな話に博亮が「人を巻き込んでいける力、凄いですね・・・!」と感心していると、「構想を練ったり、キャッチフレーズを考えたりすることは好きなので、"いつものジェイテクトっぽくない色"を出していくことで、上手くいく確信はありましたよ」と。ただ、その確信は、「やり切る覚悟」の表れでもあった。

諭は「私は1日の終わりに"今日やり切ったな"と思えるようにしたいので、そうなるためには博亮さんが言うように、躊躇している暇なんて無いですよね。とにかく早く動くことが大事。もし途中でトラブルがあったとしても、早くから動いていれば、周りから『頑張っているからね』とフォローしてもらえます」とのこと。そうしていくうちに、どんどんと他の仕事も任せてもらえるようになり、"手触り感のある仕事"になっていくのだと言う。

これまでの実体験を踏まえて、一人ひとりに早いうちから成功体験を積んでいってほしい、と願う彼はこうも続けた。

「これから目指しているのは、誰もが『挑戦したい』と言ったときに、それを諦めない組織風土を作ることです。まずは失敗を恐れずに、"なんとかなるさ"と自ら動くことができたり、結果が思うようにいかなかったとしても"チャレンジできたのは良かったよね"とポジティブに捉えられたりする。そんな、チャレンジする人がどんどん出てくるような会社に生まれ変わらせたいです。ジェイテクトには"素直な人が多い"という魅力があるので、伸びしろがあると思います」

周囲に宣言することで、自身の退路を断ち、最後までやり切る、という責任感の強い諭の言葉だからこそ、この挑戦はいつか必ず功を奏するはずだという期待が高まる。

挑戦、そしてその先へ

「前例の無いことへの挑戦が好き」という共通点を持つ二人であるが、面白いのは"前例が無い"の定義に若干の差があることだ。

そこから、二人が目指す未来もうかがえる。

博亮が挑戦したいのは、まだ世の中に無い前例をつくること。
「前例が無いなら、作ればいいです。チャレンジする価値があると認めてもらえれば、ルールも覆せます。ジェイテクトでは、"言いたいことが言える、やりたいことがやれる会社"という言葉が、キャッチフレーズとして掲げられているだけではなくて、本当にやりたいことを実現している人が増えています。ジェイテクトでも、バレーボール界でも、自分の挑戦がきっかけで、新しいことにチャレンジできる人が増えてほしいです」

異例とされる道を切り拓くことで、バレーボール界の後輩たちにとっては現役引退後のセカンドキャリアの選択肢を増やすことにつながるのだ。
このような挑戦を後押ししてくれたジェイテクトへの感謝の気持ちや海外での学びを世の中に還元していき、そしていつか、"浅野 博亮が必要"と言ってもらえる未来を見据えている。

この彼の言葉や生き様に感心した諭は思わず、「ぜひB-Lab.メンバーに入ってくださいよ!」と勧誘する。

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諭は、外部で既に事例があっても、ジェイテクトの中で前例がなければ、挑戦してみるべきチャンスだと捉える。

彼の仕事スタイルは「今までの経験を総動員で戦っている感覚」と表現する。例えば、学生時代に練習した、聞き手を行動に移させる1分間プレゼンのスキル、小学生の頃の生徒会長の経験、ストリートダンスで大勢の前で踊ってきたことで培った緊張しない性格、カラオケで熱唱する趣味。どんな些細なことでも何でも、「あの経験をまだ活かせていないな。こんなプロジェクトに活かせそうだ」と意識的に使おうとしている。ジェイテクトで前例の無いことをカタチにするために、何をしたらいいか、過去のことを紐づけながら考える日々。

そんな彼の次なる挑戦は、"製造業で人を武器にしている会社と言えばジェイテクト"と社外から評価してもらえるようにジェイテクトを変えていくことだ。

それには訳があった。
「日本経済の屋台骨である製造業が競争力を失えば、他の分野でも世界の中での存在感を失ってしまう。そんな未来を子どもたちの世代に見せたくない」

そう熱く語る姿に、諭の覚悟を見た。

対談を終えて

初対面ながらに100分にも及ぶ対談を終えた二人。金言が飛び交ったこの時間の率直な感想を聞いてみると、
「いつか日本代表監督になってほしいですよね。それで、テレビの前で『あぁ、あの時の!』なんて言ってみたいです。きっとどこかでネタに使います()博亮さんには、挑戦している人だからこそ出せる厚みがあるので、そういう人が最前線に立って、皆から見えるところで頑張っている姿は美しいと思いますね。苗字だけでなく、実は身長も同じで、勝手に親近感が湧いているので、ぜひ一緒に頑張っていきましょう」との諭のコメントに、
「逆に自分が学生や選手に指導するときのネタに使わせていただきます!今日のお話では共感するところも学びも多々ありましたし、諭さんの、日本の将来を見据える考えに、自分はもう一回り成長しなければ、と刺激を受けました。ありがとうございました」と博亮が笑顔で応えた。

異なるフィールドで活躍する二人が心の中に宿す、挑戦への覚悟。
浅野 博亮と浅野 諭、二人の"浅野"がそれぞれのフィールドで体現してきた、生き方そのものだ。

彼らが描く未来は、きっと多くの人に勇気を与えるだろう。

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